更新日:2024年7月22日
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山田校区コミュニティ協議会
《山田風景》
山田校区は姶良市のほぼ中央(旧姶良町でもほぼ中央)に位置する校区であり、明治時代の上名村、下名村、大山村がルーツとなっています。町制施行後は人口の減少と共に高齢化が進み、市制施行後も小中学校の児童・生徒数は減少の一途をたどっていました。
しかしここ数年はやや増加傾向に!そして27年度には校区民の念願であった子育て世代の定住促進市営団地が山田小学校近くに完成しました♪山田校区がさらに活力あふれる校区になることを期待しています。
さて「山田」という名前の通り平野部のほとんどは水田であり、周囲は山に囲まれ校区内には清流山田川が南北に流れています。この山田川には”清流の女王”と呼ばれる鮎が生息し、初夏~秋にかけて刺し網漁をする人の姿が見られ、山田川の夏の風物詩となっています。
校区内には上名地区にそれぞれ「山田川」「かかし館」という特産品の販売所があり、校区内で作られた新鮮な野菜や米(清流米)などが販売されています。
また、山田で有名なのが山田の凱旋門です。日本で唯一残存する「石造」凱旋門として平成13年8月に国登録有形文化財に指定されました。
そしてなんといっても山田の名物といえば「山田の里かかし祭り」です。平成6年から始まったこの祭りは年を重ねるごとに注目を浴びテレビなどでも紹介されるようになりました。期間中は沿道に趣向を凝らしたかかしを展示し、祭り当日には出店やイベントなども開催され多くの方にお越しいただいています。
自然が豊かで、歴史があり、子育てがしやすく、鮎やお米がおいしい魅力あふれる山田校区。
ぜひ一度お越しください。
まちづくりプラン(校区振興計画)
企画提案型校区活性化事業
《令和5年度》
《令和4年度》
《令和3年度》
校区まちづくり事業
《令和元年度》
《平成30年度》
協議会だより
《令和6年度》
《令和5年度》
《令和4年度》
《令和3年度》
《令和2年度》
《令和元年度》
《平成30年度》
- 第15号(平成31年3月15日)(PDF:1,777KB)
- 第14号(平成31年2月1日)(PDF:424KB)
- 第13号(平成30年12月1日)(PDF:509KB)
- 第12号(平成30年8月15日)(PDF:756KB)
《平成29年度》
- 第11号(平成30年3月31日)(PDF:579KB)
- 第10号(平成30年1月15日)(PDF:571KB)
- 第9号(平成29年8月15日)(PDF:458KB)
- 第8号(平成29年6月1日)(PDF:216KB)
《平成28年度》
《平成27年度》
- 第4号(平成28年1月10日)(PDF:679KB)
- 第3号(平成27年10月30日)(PDF:670KB)
- 第2号(平成27年8月25日)(PDF:624KB)
- 創刊号(平成27年7月10日)(PDF:238KB)
史跡
国登録有形文化財「山田の凱旋門」
山田の凱旋門は、日露戦争に山田村(当時)から従軍したおよそ113名の人たちの無事な帰還を記念して明治39年3月に山田村兵事会が建設したものです。ああ凝灰岩を使った石造りで、石工は細山田ケサグマという方だったそうです。凱旋門上部はアーチ型に組まれ、中央に陸軍中将大久保利貞の揮毫による「凱旋門」の文字が刻まれた石がはめ込まれています。現存する凱旋門は大変珍しく、鹿児島の石橋技術を応用した貴重な石造り文化財です。平成13年には国の登録有形文化財に指定されています。
《山田の凱旋門》
伝統芸能
上名棒踊り
黒島神社に五穀豊穣を願って奉納されます。白タスキ、鉢巻きなどの装束に身を固め、六尺棒を使って勇壮に打ち合います。下名も同様な踊りが継承されています。
下名疱瘡踊り
医療の進んでいなかった時代は、悪疫が発生すると多くのの人がなくなっていました。疱瘡(天然痘)がはやると最寄の神社に踊りを奉納し病気の平癒を祈りました。
かかし祭り
人口の減り続ける山田地区を盛り上げようと、山田郵便局と姶良農協を中心に平成6年から始まりました。その後、自治会長を中心に実行委員会を組織し山田小学校区社会福祉協議会事業の一部として実施されましたが、現在は、校区コミュニティ協議会事業が中心となって実施しています。期間中に沿道に並ぶ数十体ものかかしが目をひき、回を重ねるごとに注目を集めるように。祭り当日には出店や郷土芸能披露などのイベントも行われ毎年テレビなどでも紹介されています。これからも山田校区の恒例行事として、また地域をつなぐ絆として受け継いでいきたいと思っています。
主な施設など
山田小学校、山田中学校
山田地区公民館(姶良市山田出張所)