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更新日:2020年10月15日

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平成31年(令和元年)

4、5月号の「興味しんしん」はお休みです。

1月号の「興味しんしん」はお休みです。

 

回顧~政界の黄門様~

「そこの若ぇ記者さん。アンタ生まれはどぉこ?」「鹿児島ですが…」「そっかぁ薩摩か。おれぇは、薩摩の人間は部屋に入れんようにしてんだぁ」と言うとニヤリと笑いました。
 28年前。私が政治記者の頃、東京・九段の衆院議員宿舎で、ある国会議員に初めて夜回り取材をした時の一幕です。その国会議員は先々月に亡くなられた元衆院副議長の渡部恒三さん。とても温かい人柄で、駆け出し記者の私にもとても優しく接してくれました。福島・南会津町出身。会津では戊辰戦争からの薩長への特別な感情をいまだに持つ方も少なくないといいます。それで冒頭のような会話が生まれてくるのですが、もちろん恒三さんは本気で言ったわけではありません。それ以降は、顔を見かけるたびに「鹿児島のあんちゃん」と気さくに声をかけてくれたのです。
 1993年。私は自民党分裂騒動の真っ只中にいました。その中心は数で勢力を誇示していた竹下派(=経世会)でした。恒三さんは「竹下派七奉行」の一人で、小渕恵三・梶山静六・橋本龍太郎・羽田孜・奥田敬和・小沢一郎らと並ぶ実力者でしたが、55年
体制崩壊という乱世の政局の中でひとり飄々としている姿は印象的でした。「これからは2大政党じゃないとだぁめだ」というのが口癖だった恒三さんにとって、自民党分裂はまたとない好機だったのかもしれません。
 訃報を聞いて、当時のことが昨日のように思い出されます。私が政治部を離れるときにいただいた「起き上がり小法師」は今でも大切に飾ってあります。「これはな、転んでも転んでも何度でも起き上がるんだからえぇんだよ」あの温かみのある会津弁はもう聞けません。

 

人生100年時代

「人間(じんかん)五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり…」
 織田信長が桶狭間の戦いに臨むときに吟じて舞ったとされる幸若舞「敦盛」の一節。「人間五十年」というところから当時の平均寿命が50歳だったと解釈される場合があるようですが、それは少し違うようです。確かに織田信長が本能寺の変で亡くなったのが49歳。他の武将たちも50歳前後で亡くなっているのをみて、そう解釈されるのでしょう。しかし、実際の意味は、仏教の世界で寿命が900万歳とされる下天の住民というのがいて、その寿命に比べれば人間世界でたった50年ばかり生きたとてそれは泡沫(うたかた)の夢に過ぎず、小さなことでくよくよする必要はないということだそうです。
 人生100年時代。「敦盛」の世界に照らし合わせれば50年も100年もそう変わらないのかもしれませんが、人間の世界では、寿命が100歳まで伸びることで社会のありようが大きく変わり、人生の過ごし方が変わってきます。一人ひとりが健康的で生きがいを持ったライフプランを考えていく時代になってきました。
 9月21日は敬老の日です。姶良市の後期高齢者人口の割合は約16%で、その中で今年100歳を迎える方々は42人いらっしゃいます。10年前と比べると23人増で、着実に人生100年時代に近づいています。私は毎年9月に、100歳になられた大先輩方へお祝いの訪問をさせていただいています。今年は新型コロナウイルスの影響で例年通りのようにはいきませんが、ご希望があればしっかりと感染予防対策をしてお祝いに馳せ参じます!

 

繰り返される大雨災害

 残暑お見舞い申し上げます。長かった梅雨がようやく明けました。また今年も大雨による被害が全国各地で発生しました。熊本県をはじめ九州各地で川が氾濫し、多くの尊い命が失われました。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。姶良市では人命に関わる被害はありませんでしたが、山間部を中心に土砂崩れや護岸決壊、道路の陥没や倒木などがみられました。早急な復旧作業を実施してまいります。
 大雨対策に欠かせないものに「雨雲レーダー」があります。今年も毎日、いや毎時間のように「雨雲レーダー」をチェックしていました。「雨雲レーダー」がメジャーになってきたのは最近ですが、技術の進歩は著しく現在の雨雲の様子や時間を追っての雨雲の動きが分かり、姶良市でも避難勧告発令などの判断材料の一つとしています。
 全国に20ヶ所ある気象レーダーから電波を発射し雨の強さや雨粒までの距離、雨の強さを測れ、周波数のずれを利用して雨雲の動きも分かります。雨の強さは色分けされ、黄色や赤になると強く激しい雨を覚悟しなければなりません。そうした雨雲の塊が近づきつつあると一気に緊張感が高まり、避難勧告発令などの事態に備えます。
「天気のいい日に嵐のことを考えてもみないのは、人間共通の弱点である」
イタリアの政治思想家マキャベリの言葉です。毎年繰り返される大雨の被害。私たちは、平穏なときにこそしっかりとした災害対策を意識する必要があると思います。
 

文学忌の多い7月

 皆さん、読書をしていますか?私は最近プライベートな時間に、学生の頃よく読んでいた本をもう一度読み返すという試みをしています。私の自宅の本棚には、黒い背表紙の単行本がずらっと並んでいる部分があります。これらは全部「太宰治」の小説。学生の頃「太宰」に没頭していた時期がありました。この2ヶ月で読んだのは「斜陽」・「津軽」・「人間失格」で、今読んでも自己破壊型の考えさせられる重い小説ばかりだなぁと感じました。
 6月19日は、太宰治の命日「桜桃忌」でした。38歳で玉川上水に愛人と入水し遺体で発見されたのがその日でした。直前に執筆した小説の題名「桜桃」にちなんで「桜桃忌」となったのです。「桜桃忌」には毎年、東京・三鷹の禅林寺で太宰を偲ぶ会が開催され太宰ファンが多く集まります。学生の頃、私も一度だけ足を運んだことがありますが、その人の多さに圧倒された記憶があります。
 「桜桃忌」のように作家の命日に文学的な功績を称えて偲ぶ日にしているのを「文学忌」といいます。7月は意外とたくさんありまして、例えば9日は森鴎外の「鴎外忌」。10日は井伏鱒二の「鱒二忌」。さらに24日「河童忌」といえば芥川龍之介。28日の「石榴(ざくろ)忌」は江戸川乱歩。幸田露伴は30日で「蝸牛(かぎゅう)忌」です。このように今月は作家の文学忌がたくさんありますので、文学忌に合わせてその作家の作品を読むのもいいかもしれませんね。
 ちなみに姶良市にゆかりの深い椋鳩十先生の文学忌は12月27日で「夕焼忌」です。美しいですね。

 

令和2年6月「本来であれば…」

 新型コロナウイルスが猛威をふるって数か月。私たちの生活は、これまでも大きな影響を受け、多くの犠牲を払い、強い不安に包まれています。
  本来であれば…この令和2年は多くのイベントで彩られるはずでした。一番のビッグイベントは、東京オリンピック・パラリンピックでした。しかし来年への延期が決まり、姶良市での聖火リレーも延期となりました。そしてなんといっても、姶良市にとって今年は「市制施行十周年」の年。市民の皆様と十年間を振り返り、楽しく祝い、姶良市の未来を語り合うはずでした。予定していた記念イベントは、日程を大きく変更せざるを得ませんでしたが、この事態が収束した時には必ず開催いたします。これらに限らず、多くの年中行事が中止になっています。自治会や各種団体の総会は書面による会議となり、高校総体や全国中学校体育大会、さらには春と夏の甲子園も中止となりました。毎年当たり前のように行われていたイベントが中止になっていくさまは本当に残念でなりません。本来であればねぇ…と、うめきにも似た声が聞こえてきます。
 しかし残念がっている間に、もう時は、大雨や台風が本格化する季節になっています。私たちは、コロナウイルスに対応した避難所の対策をしっかりと準備していきます。市民の皆様には感染防止対応の避難のあり方について、お一人おひとりが意識を高く持っていただくことをお願いします。市民全員で、この難局を乗りこえていきましょう。

 

令和2年3月「卒業ソング」

  旅立ちの季節です。3月は多くの学校で卒業式が行われます。それぞれの思いを胸に新しい希望の道を進んでいく皆さんに心からのエールを贈りたいと思います。
 卒業といえば〝卒業ソング〞。卒業とタイトルのついた歌だけでも数え切れないほどあります。その時代、その年代で思い出の曲が違うのもいいですよね。皆さんはどんな歌を思い出しますか?「仰げば尊し」や「蛍の光」は定番であるとして、世代で見ていきますと、私より先輩の方々は船木一夫の「高校3年生」とかチューリップの「心の旅」などでしょうか。
 この時代はフォークソング系が流行した時代ですから名曲が多いですね。40代から50代にとっては、なんといっても尾崎豊の「卒業」ですね。ユーミンの「卒業写真」、斉藤由貴の「卒業」もあります。曲を聴いた瞬間に学生の頃の光景がグッと迫ってきます。30代はコブクロの「桜」とか嵐の「旅立ちの朝」などでしょうか。普段でも口ずさめるメガヒット曲が多いです。
 さあ、今年卒業を迎える卒業生の皆さんはどんな名曲が思い出になるのでしょうか。卒業を迎える時、同じ時代を共に生きる仲間たちと、将来笑いながら涙を流しながら肩を組んで歌える名曲にきっと出会うことでしょう。そのシーンを生涯忘れず、新しい場所で大きく羽ばたいてください。ふるさとで待つ私たちは君たちの大活躍を応援しています。
 ちなみに私の思い出の卒業ソングは松田聖子の「制服」です。この曲の雰囲気では一緒に肩を組んでは歌えませんが…。頑張れ!卒業生!!

 

令和2年2月「うるう年」

 今年は、東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。ということは、今年はいつもより一年が一日多い「うるう年」です。2月29日がありますので一日得する一年です。大いに有効活用していきましょう!
 私は、小学生のころ「うるう年」に関して疑問になっていることがありました。
 同級生に2月29日生まれの男の子がいたのです。「うるう年じゃない年は、一体いつが彼の誕生日なのだろう。まさか四年に一回しか年を取らないってことじゃないよね」なんてことを考えていました。彼に聞きました。「うるう年じゃないときにはいつ誕生会をやるの?」って。すると「2月28日か3月1日。特に決まってないよ」と、その質問には慣れっこだという感じでした。しかし、私はその答えにあまり納得がいかなかったことを覚えています。調べてみました。
 日本の法律では2月29日生まれの人は、誕生日を基準とした『行政的な手続き』に限り「みなし誕生日」というのを決めているそうで、その日は2月28日です。例えば、各種免許の有効期限とか更新期限とか、市役所などの公的機関に提出する書類などは、誕生日を2月28日とみなしているということです。もちろん、家族や友達との誕生会は前日でも次の日でもまったく構わないのですが。
 でも、もし私が2月29日に生まれて、四年に一回しか年を取らないというのであれば…。ああ、そうであれば私はいま14歳くらい…。今月は、夢のような気分になったところでお開きといたしましょう。

 

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