更新日:2024年6月12日
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2.被災地の現状と復興支援
次に、塩竈市の被災状況と私が現地で行っている復興支援についてレポートします。
被災地の現状
2011年3月11日午後2時46分に発生した三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震により、塩竈市の沿岸部に津波が襲来しました。その高さは本土側でおおむね1.5メートル~4.8メートル、浦戸地区では8メートルを超えたそうです。浸水範囲は、本土地区では市域面積の約22%、浦戸地区では全島で居住区域に達するなど、甚大な被害をもたらしました。
被災状況の写真
被災当時のイオンタウン。港と近接しているためその被害は大きかった。
波が高くなったマリンゲート(船の発着場)
津波は、塩竈市より少し海側へせり出している石巻市鮎川浜で地震発生から約40分後に到達したと記録されています。塩竈市も震源地に近い港町であるため、被災地の中でも比較的早く到達しました。
被災地の方から生の体験談
- 当時は至るところに瓦礫や土砂が流れ込み、どこから片付け始めたらいいかわからないほどだった。
- 電気も止まったため魚市場周辺の冷凍倉庫が停止し、製品の保存ができず漁業関係は大打撃を受けた。
- 当時はほとんど家に帰れず、とにかくライフラインの復旧に尽力した。
- 被害の大きかった他市町へ飲み水を提供するために運搬もした。その途中途中で見る風景は、今まで見慣れていたものから一変していて、ショックが大きかった。そして、改めて被害の大きさを認識した。
(現職場同僚より聞き取り)
震災から4年が過ぎ、街並みもある程度落ち着きが見られるようになってきてはいますが、現在も復興に向けて道路、下水の整備や土地区画整理、防波堤復旧(嵩上げ)など様々な事業が進められているのが現状です。
現在の写真ー復興の状況ー
東日本大震災の復興にはまだまだ時間を要します。このことは、地震の被災だけでなく津波での被災がどれほど恐ろしかったのかを物語っているようです。
復興支援
仮設住宅前で説明する福元さん
担当している業務
現在仮設住宅に残っている方のほとんどが災害公営住宅へ入居されることになると思いますので、整備が完了し転居が進めば仮設住宅の供与も終了となります。
心のケアも重要な仕事
震災から4年が過ぎ、徐々に再建する人も増えてきていますが、まだ多くの人が再建できずに仮設住宅での生活を余儀なくされています。
仮設住宅での生活は、ストレスがたまりやすく、また、高齢者世帯の割合が高くなっているので、社会福祉協議会や包括支援センターなどの機関とも連携をとって見守り体制を図っています。
生活の不安や今後の再建について相談を受けるのも仕事の一つです。
災害公営住宅の説明会を行いました
7月29日に、寒風沢(さぶさわ)地区の災害公営住宅の入居募集説明会を開きました。
寒風沢地区は、浦戸諸島にある4つの有人島(桂島・野々島・寒風沢島・朴島)のうちの一つです。
説明会の様子
浦戸諸島の災害公営住宅の状況
浦戸諸島のうち、桂島、野々島、寒風沢島にはプレハブ仮説住宅が建設されています。(朴島も被災しましたが、ほとんどの方が現在も自家に住んでいるため仮説住宅は建っていないです。ただし、再建先としての災害公営住宅は建設されています。)現在、桂島(Ⅰ期)と野々島の災害公営住宅は完成し、転居が完了しています。
今後の日程としては、寒風沢島・朴島の災害公営住宅が11月に完成、転居案内が始まり、桂島(Ⅱ期)が12月に完成、転居案内が始まるという運びになる予定です。浦戸諸島は、予定通りに行けば年内にはプレハブ仮設住宅の供与が終了します。
寒風沢地区の説明会
今回、災害公営住宅の入居募集説明会が行われた寒風沢島は、4島の中で一番大きな島です。災害公営住宅が11戸(集合住宅5戸・戸建て住宅6戸)整備されます。
7月に入居募集説明会を行い、9月に入居手続きの説明会、10月に入居前の最終説明会を実施し、11月に入居が開始される予定となっています。
まだまだ元通りになるには時間がかかりそうですが、一歩ずつ復興の道をたどっています。
建設が進められる寒風沢地区の災害公営住宅
11月に完成予定
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