更新日:2015年1月8日
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クローズアップ

Tanokami City "AIRA"
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包む込むような表情、バラエティに富んだコスチューム、威厳すら感じるポーズ。 じっとみつめるその先に──。 地域の幸せを願う神々が鎮座する。
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| 日木山の田の神。「田の神様(タノカンサァ)」が今日も何かを語り掛ける。 | |
田の神
鹿児島県本土と宮崎県の諸県地方では、田んぼのほとりに石造りの像「田の神」があり、地域を見守っています。
一般に「タノカンサァ」と呼び、江戸時代の薩摩藩領内で作られた独自の文化です。
この石像の総数は小型のものまで入れると約1500体以上あると言われています。
現在、最も古い田の神像は、さつま町鶴田紫尾(しび)にある、宝永2年(1705年)の仏像型のものです。
スタンダードな田の神像は、甑(土器)の底に敷くワラのスノコを頭にかぶり、手にはしゃもじ、お椀、
スリコギなどを持ち、田んぼで仕事をする姿をしています。
さらに古い田の神像は、薩摩エリアでは大日・地蔵などの仏像タイプ、大隅・日向エリアでは衣冠束帯(いかんそくたい)に
笏(しゃく)を持つ神像タイプとして始まりした。その後、村々を転々と巡り歩く僧や神舞を舞う神職姿になり、
さらに田の神舞(たのかんまい)の像のスタイルに発展したものと考えられています。
このような田の神像は、南九州で独自の発展を遂げ、その地域を表現する庶民性豊かな民俗文化財といえます。
姶良市にもさまざま田の神像があります。
田の神講(たのかみこう)
2月や10月・11月に行われる田の神に収穫を感謝する農村行事。
昔ながらの郷中(ごじゅう)では、11月亥の日(いのひ)に数軒の人々が田の神を祀る家「座元(ざもと)」に集まります。
新米で餅をつき、田の神にお供えます。小豆アンやきな粉をまぶして、歳の数だけ食べ、また、
ナマスやニワトリ料理・煮しめなども用意されます。
地域によっては、田の神を家々で持ち回りするところもあり、田の神に化粧をほどこします。
もみ入りのワラやお餅を背負わせて、次の座元に送ります。
現在、田の神講をする地域は少なくなり、貴重な地域行事のひとつでもあります。
田の神マップ
市内に点在するタノカンサァをマップ化しました。電子書籍にしていますのでタブレットなどでもスムーズにご覧いただけます。
マップでは57体を網羅していますが、地域やご家庭などインドアに祭っている(眠っている)ものもきっとあるはずです。
姶良市田の神ガイドマップ(電子ブックHTML5版とFlash版)
文化財は県下最多です。



