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更新日:2015年1月30日

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クローズアップ


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厚さだけでなく、ピュアホワイト、オフホワイト、アースカラーとカラーバリエーションも豊富。伝統技法ならでのパターンが独創的だ。

 

丈夫だからこそ人々はその紙を求め続けてきた──。

思い出を刻んできた蒲生手漉き和紙

かつて紙の産地だった蒲生

蒲生地域で盛んに和紙づくりが始まったのは17世紀。薩摩藩が武士の副業として和紙漉きを殖産政策として奨励しました。それが豊かな水や原料に恵まれていた蒲生の風土に合い、次第に地産化されていきました。全盛期には約300人の手漉き和紙師がいた“紙産地”でもありました。
蒲生和紙は繊維が絡み合い、色・質がきれい。工芸や油づくりに使われる高い性能が特徴。淡い茶系の色、素朴で繊細な質感、丈夫な仕上がりとなっています。

 

手漉き和紙の特徴

日本の和紙づくりは推古18年(610年)ごろから始まったといわれ、当時の代表的な紙は楮(こうぞ)紙・雁(がんぴ)紙・麻紙の3種類でしたが、その後、麻は衣類に多く使われるようになり、紙の原料にすることを禁止されました。
江戸時代になると三椏(みつまた)が紙の原料として使い始められるようになり、明治11年(1878年)には、大蔵省が紙幣用の原料を三椏と定め、全国で盛んに栽培され一般にも広く使われるようになりました。
これらの紙の原料は、外川の下に靭皮(じんぴ)繊維といわれる柔らかい内皮があり、抵抗力が強く引っ張っても丈夫で、酸やアルカリに強く永久保存に向いています。そのうえ、繊維が長く、絡まりやすいので薄くてもやぶれにくい紙となります。

手漉き和紙の保存例として、約1300年前に九州で漉かれた和紙が現在も奈良市にある正創院(しょうそういん)に保存されています。洗練された技術で手間を惜しまずに心を込めて漉きあげた紙だからこそ今もなお残存しています。

 

メモリアルペーパー「大切な記憶紙」

書道半紙や製油業者の濾過紙、鹿児島神宮初午祭のポンパチ(でんでん太鼓)の皮としても重宝され、家系図の清書用紙としても使用されることもあります。毎年、初冬になると藺牟田小の6年生たちが自分たちの卒業証書用の台紙を漉きに来ます。思い出の品々に使用される和紙は、メモリアルペーパーとして手に取った人々の思い出を大切に刻みます。

蒲生和紙製の封筒とハガキ。くすくす館蒲生観光交流センターにあります。

 

継承される手漉き技法

県内大手の製茶メーカーのギフト用包装紙や酒造メーカー4社の焼酎ラベル、また、海外で活動する版画家にも愛用されている蒲生和紙。現在、小倉正裕さんが伝統的な製法で和紙は漉かれています。小倉さんの大叔父は、天皇家へ障子紙などを度々献上した無形民俗文化財(旧蒲生町)指定の蒲生手漉き和紙技術保持者、故・野村正二さんです。工房は見学・紙すき体験もできます。【要事前連絡:蒲生和紙工房0995-52-1104(イイワシ)】

蒲生の水がめ、青敷山の麓にひっそりと建つ工房でひとり黙々と漉く。

 

 

お問い合わせ

企画部商工観光課

899-5492 鹿児島県姶良市宮島町25番地

電話番号:0995-66-3145

ファックス番号:0995-65-7112

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