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更新日:2015年1月7日

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平成26年

 

  平成26年12月 既往不咎 ~年の瀬に~

 今年も押し迫って参りました。市民の皆様それぞれに、今年も様々な出来事があったことと推察いたしま
す。4月には姶良市にとっても重要な市議会議員選挙・市長選挙が実施されました。私は、皆様のご支援
により、市長として二期目の信任を頂くことができました。このことにより、市政を停滞させること無く次
のステージへと展開できたことは非常に意義あることでありました。
 年末の国民的行事と言えば、やはり忘年会ですね。
忘年会の語源は室町時代に遡りますが、その時代は和歌などを嗜み優雅に過ごしたものだそうです。忘年
会という言葉は、夏目漱石の「吾輩は猫である」の中で初めて使われたとされています。いつの世も忘れたい事が多かったのでしょう。この一年の嫌な事を忘れるのも大事。年齢を忘れ元気を取り戻すのも大事。すなわち、辛い出来事を通してしか知り得ない事、感じ得ない幸福もあるのです。
 そして、子ども達の楽しみと言えばクリスマスです。
昔、ラジオの子供電話相談室で「サンタクロースは本当に居るのですか?」と言う問いに、「君が居ると信じれば、君の心の中できっとサンタさんは微笑んでくれるよ。」という素敵な回答をしておられました。目に見えないからと言って、この世に存在しないということではないのです。
 さて、「断捨離」はヨガの修行の中の言葉です。人生や日常生活に不要な物を断つ、また捨てることで、物への執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考えです。
 その境地までは無理としても、早めの大掃除で今年の汚れは今年のうちに綺麗にしたいものですね。

 平成26年11月 一寸光陰~晩秋身に入む~

 秋祭りの季節となりました。祭りには日本の「生きる力」が詰まっており、春夏秋冬、人々の暮らしと共に祭りが存在します。春は豊作祈願の「お田植え祭」夏は疫病祓い、虫送りの「六月灯」、そして秋には五穀豊穣を祝い感謝します。また、日本でもイベントとして定着しているハロウィンも、本来は秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す祭りなのです。
 気候的に暑く厳しい夏から過ごしやすくなり、特に秋は穏やかな心持ちになれる季節です。行楽のシーズンでもあり紅葉狩りに出かけるのもいいですね。残念ながら南国鹿児島の平野部や低地では、見事な紅葉とまではいきません。大きな感動を得るためには少し遠出をして、多少の労力を伴わなければならないということでしょう。
 そして、木々の枯葉も散って落葉となり、晩秋へと移ろいます。小春日和に誘われて、季節外れの花が咲く事があり「帰り花」とも呼びますが、これもまた初冬へ向かう風物詩となっています。刈取りの終わった田んぼ脇の案山子の姿もどこか寂しげに見えます。
 さて、「後の祭り」という言葉は、単に祭りが終わったことによる手遅れを指しているのではなく、京都・祇園祭に由来します。祇園祭りには「前」と「後」の祭りがあり、「後の祭り」は比較的地味な為、「前の祭り」を見逃すと、文字通り「後の祭り」となってしまうのだそうです。
 光陰矢のごとし。今年の暦もあと二枚となりました。
〝もう二ケ月しかない〞なのか、それとも〝まだ二ケ月もある〞なのか…。気の持ちようとは良く言ったものです。いずれにしても、「後の祭り」にならないためにも、そして、今年一年が大団円となるよう、もうひと頑張りしたいと思います。

 平成26年10月 沈思黙考 ~深まる秋に

 四季の中で、秋だけが〝深まる〞と表現されます。それは、ほかの季節より変化が大きく、時間の経過、つまり奥行きを感じられる季節だからと考えられます。
木の葉は緑から黄色や赤になり落葉し、気温も急に下がり、日も短くなるなど、その変化が目に見え肌で感じることができます。そして、秋と言えば運動会のシーズンです。その中の競技、全員リレーにまつわるエピソードです。足に障害を持つ児童が運動会には出ないと先生に告げました。
彼が走ると全員リレーに勝てないという同級生の話を聞いてしまったのです。先生は、子ども達に諭しました。「君たちは友達に悲しい思いをさせてまでリレーに勝ちたいのか?」沈黙の中、一人の子どもが言いました。「そうだ、一人一秒ずつ縮めればきっと勝てるよ」その日から子どもたちは毎日遅くまで練習し、そして見事クラス全員で優勝することができました。子どもは容赦なく残酷ですが、それは純粋さの裏返しなのかもしれません。
 さて、暑かった今年の夏、サッカーW杯の喧騒をよそに、「もう一つのワールドカップ」と言われる知的障害者サッカーの世界大会が同じくブラジルで開催されました。参加費用もままならない中で、彼らは見事世界第4位という快挙を成し遂げました。サッカーが大好きな彼らの直向きさが結実した瞬間でした。また、市職員の西眞一さんが、日本代表コーチとしてこの大会のお手伝いができたことを市長として誇りに思います。
 「障害は不便だが、決して不幸ではない」乙武洋匡さんの言葉です。障害を持った人を「不幸」にするのは、人々の心の持ち方なのかもしれません。人の「思い」は目には見えませんが、その「思い」を行動に移した時「思いやり」となるのではないでしょうか。

 平成26年9月 歳月不待 ~去りゆく夏~

「刹那」とは、仏教における時間の概念のひとつで、極めて短い瞬間の事を指します。逆に、極めて長い時間を劫」としており「未来永劫」という熟語にもなっています。さらに、その長さを考えるのも嫌になるほどの時間は、「劫」の一億倍として「億劫」となるのだそうです。
 最新の電波時計は、正確すぎるほどその時を刻みます。時間はすべての人に平等ですが、その長さは感じ方によって違ってきます。楽しいときは早く過ぎ、辛い時は長く感じるものです。
 さて、刹那主義は「今さえよければ良い」といった風に、否定的に使われることが多いのですが、本来は「一瞬一瞬を大事にして生きる」ことなのです。
 「人生五〇年、下天の内にくらぶれば、夢幻の如くなり」・・織田信長の好んだ一節です。「人が精一杯生きられる期間はせいぜい五十年くらいであり、それは夢のようにはかなく過ぎてしまうもの」なのです。現在は人生八十年とも言われますが、特に若い頃は時間が永劫にあるように錯覚しがちです。
 すなわち、この一瞬を大切にし、他人に喜びを与えるような生き方をすることが、自らの幸福に繋がることになるのではないでしょうか。
 暑かった今年の夏も終わりを告げようとしていますが、残暑はまだ厳しいものがあります。秋の気配を待つ思いは、「一日千秋」と言ったところでしょうか。

 平成26年8月 精霊蜻蛉 ~ 薄茜の空に ~

 お盆の正式名称は「盂蘭盆会」というのだそうです。先祖の精霊を迎え追善の供養をする期間を「お盆」と呼ぶそうです。「盂蘭盆会」とはインドのサンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊りの意)を漢字で音写したもので、転じて「逆さまに釣り下げられるような苦しみにあっている人を救う法要」とあります。お盆の行事はお釈迦様の弟子の一人、目連尊者が母を救う話に由来しているそうです。
 旧盆の頃になると、どこからともなく、精霊蜻蛉(学名ウスバキトンボ)が薄茜色の空に舞っている光景を目の当たりにします。私どもが子供のころには、このトンボはご先祖様の使いで、背中に仏様を背負っているので、決して捕まえてはいけない、と親に教えられたものでした。
 「夕焼け小焼けの赤とんぼ、負われてみたのはいつの日か」…幼いころ姉の背中に負われていた私も、今は孫を背中に負いながら「爺はね。」と語りかけているのです。
 お盆の風物詩としてお墓参りがあります。私はかねてから墓参りの不精をしており、漫画サザエさんの「波平さん」の「ばかも〜ん」が聞こえてきそうです。その声優を長く務められた永井一郎さんが今年亡くなられました。この「ばかも〜ん」にはどんな優しい言葉より愛情がこもっていたような気がします。心よりご冥福をお祈りします。
 さて、お盆を迎えるこの時期に改めて思うことは、私どもは、平和な中に仕事をいただいており、そのことにより生かされていることに感謝するとともに、ご先祖様に失礼がないようお迎えする準備を怠らないようにしなければいけないと強く感じたところです

 平成26年7月 雲わき立つ ~遠い夏の日~

 梅雨が明け、白い雲がわき立つと、徐々に夏の匂いがし始めます。それは、春や秋の花などの匂いとは違い、まさに季節の匂いと言えます。焼けたアスファルトや夕立が上がった後の匂い。蚊取線香の匂い等々…。不意に鼻孔をくすぐる匂いと共に、遠い夏の日の記憶が蘇ります。
 クーラーもゲームも無かったけれど、毎日が宝石のように輝いていて、明日が来るのが待ち遠しかったあの夏の日。陽炎の向こうに白いランニング姿の少年が立ちすくんでいます。額の汗を拭おうともせず、只一点を見つめる視線の先にはどんな未来が見えていたのでしょうか。
 さて、映画「オールウェイズ〜三丁目の夕日〜」をご存知でしょうか?昭和30年代の貧しかったけれど、豊かな心を持った日本がその映画の中に描かれています。ストーリーと共に着々と建設が進む東京タワーは、まさに日本の高度成長を鏡写しにしています。その素晴らしい光景は人々の心を躍らせ、日本がもっともっと良くなっていくことを確信させました。そして、あの時代はみんなが優しい気持ちで暮らしていたと思うのです。
 そういえば、最近はなかなか綺麗な夕日を目にすることがありませんね。子供の頃、家路に着く頃には夕焼けが優しく包んでくれたものでした。あの夏の日に少年が見ていた情景は、決して〝遠い日の花火〞ではなく、それを感じる素直な心を持ち続ければ、きっと今も心に浮かんでくるものだと思います。
 近年、異常気象が叫ばれて久しくなり、真夏日どころか、酷暑日なるものも登場しました。紫外線対策が大事であることは理屈では分かっていても、夏に肌を焼けない環境はやはりどこか歯車が狂っている気がします。

 平成26年6月 雲行雨施 ~雨の滴に思う~

 日本の四季の風情の中でも、この季節の長雨のうっとうしさには少々閉口しますね。しかし、作物や植物の成長には適度な雨の恵みが必要なのです。
 雨には様々な呼び名があります。霧雨・春雨・五月雨・時雨…。そして、梅雨は6月上旬から7月中旬にかけて降る雨のことで、梅の実が熟すころに降るために「梅雨」と書きますが、この時期に黴が生えやすいので「黴雨」と書き、梅の字をあてて「ばいう」と呼ぶようになったとの説があります。
 さて、地球の水は太古の時代からほとんど変わることなく、循環を繰り返しています。地表から蒸発した水蒸気は大気圏中に拡散してしまうことなく、ある日雨になって地表に降り注ぎ、再び地球の水として還ってくるのです。私達の周辺にある水は、20億年前につくられた水が何回となく循環を繰り返しているだけなのです。そして、今、姶良の街を濡らす雨が、遠い昔には大黄河の一滴だったのかもしれません。
 また、原始の海で生まれた生命は、途方もなく長い年月をかけて進化を続け、やがて猿人類から分かれホモサピエンスとなりました。人類と猿人類との大きな違いは脳が発達して道具を使うことができる、複雑な言語体系がある、火を使用するなどのほか、大きな特徴として、直立二足歩行をすることが挙げられます。
 人類が二足歩行を始めた理由には諸説あり、科学的には信憑性は無いかもしれませんが、私は「誰かと手をつなぎたかったから」なのではと…。なんと素敵なことだとは思いませんか? 

 平成26年5月  ノーサイド ~兼愛無私~

 冬枯れで薄茶色になっていた芝生が緑色に芽吹き、晩春から初夏への動線が浮かび上がってくるようです。風の薫りも心なしか変わってまいりました。
さて、ラグビーは、イギリスのラグビー校がその発祥の地で、タックル等の身体接触を伴うため、強靭な肉体と厳しいルールを順守することによりその安全性が守られ、ゆえに「紳士のスポーツ」と言わ
れます。
 また「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン」は、ラグビーのチームプレー精神を表す代表的な
フレーズで、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と訳されます。チームの一員である以上、
自分の責任を果たすことはもちろん、チームに貢献する責任も果たさなければなりません。チームは必ず助け合っており、自分も必ず助けられているということを忘れてはならないのです。
そして、試合終了は「ゲームセット」ではなく「ノーサイド」と呼ばれ、試合が終われば、右サイドも左
サイドも無く、勝者も敗者も無くなります。
 今回の市長選挙において、2期目の負託を与えていただきました。両陣営、激しい選挙戦となりましたが、お互いに目指したものは姶良市の豊かな未来であったと思います。まさに姶良市は一つなのです。今後も「県内一暮らしやすいまち・あいら」を目指して頑張ってまいります。

 平成26年4月 明鏡止水~5年目の春に~

4月には、”新しい?という文字が溢れます。新年度、新学期、新入学、等々。新しい出会いがあり、希望に満ちたふくらみを持った風が吹きます。この季節に咲き誇り、その風に舞い散る桜はまさに日本を代表する花です。
桜の語源には諸説ありますが、「サ」は稲穂の穀霊を意味する言葉、「クラ」は稲の神様が降臨する磐座の意味で、つまり「さくら」は稲、農耕の神様が宿る木という説があります。また、田植え前に豊作を祈願した神事が花見の起源ともいわれています。昔から、桜の開花が農作業の目安の一つになっていたことを思えば、古の人々が桜に実りの神が宿ると考えたとしても不思議ではありません。
一方、雪国では、山の残雪の雪形に春を知り、農作業の時期を確認します。白馬岳は山肌に馬の形が、爺ケ岳には種を蒔くおじいさんの姿が雪融けの時季になると現れ、春の訪れが近いことを教えるのです。
ところで、鹿児島弁で「もったいない」を意味する「あったらし」は古語の「あたらし」に由来します。「あたらしい」と混合して「新しい」という意味を持つようになったのです。残念ながら、子ども達が鹿児島弁を使わなくなりつつあります。新人諸君を叱るのにも、標準語でないと意味が伝わらない時代が来るのかもしれませんね。
古くからの言い伝えや故郷の言葉の持つ温かさは、次世代へと伝えなければならない大切なものです。5年目の春を迎えた姶良市ですが、私の心境は明鏡止水です。古きを尊び新しい事にも果敢に取組んで参りたいと存じます

 平成26年3月 一意専心~驕ることなく挑む~

ある状態から脱却することを”卒業?とも呼びますが、一般的には学生生活の最後を締めくくることです。その昔、高度成長期に「金の卵」と持てはやされた中学を卒業したての子ども達が、集団就職で都会へと旅立って行きました。都会への憧れも多少はあったでしょうが、若くして故郷を離れて行く胸中は計り知れません。時代は流れ、日本が豊かであることは確かですが、良い時代であるかどうかは若干の疑問が残ります。
「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」・・・啄木の歌が改めて心に沁みます。さて、3月23日は姶良市にとって大切な日であります。4年前のこの日に本市は産声を上げ、3町の枠組みから卒業し、新たな歴史を刻み始めたのです。この4年間については、新市としての基礎を固める時期であったことは言うまでもありませんが、本市の持つ潜在能力に対する高い評価をいただき、順調にその歩を進めていることは確かです。
ソチオリンピックにおいて葛西紀明選手が、41歳にして7度目の五輪出場を果たし個人で銀、団体で銅メダルを獲得しました。出来ないことの理由を「年齢のせい」にするのではなく、今の自分が最大限出来ることを努力し続ける姿は称賛に値します。また彼は、競技生活からの卒業はせず、あくなき金メダルへの挑戦を宣言しました。そしてその時が真の”レジェンド?だとも言っております。
私も、気力体力ともに充実しておりますので、市政の成熟のため、引き続き一意専心してまいりたいと存じます。

 平成26年2月 エール~桜咲く春へ~

今年も受験シーズンがやってきました。人生には様々な節目がある中で、早々に訪れるものであり、最初の大きな試練かも知れません。ある時はプレッシャーに押しつぶされそうになることもあるでしょう。
かの長嶋茂雄さんは、「プレッシャーは怖くない。それを与えてくれることに感謝したい。」と言っています。長嶋さんは天才と言われますが、人知れず血のにじむ様な努力をしていました。その自信に裏打ちされた言葉ともいえます。
また、イチロー選手は、「自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと遠くの目標は近づいてこない。」と言っています。
天賦のものより、継続して努力し続ける能力こそがこの二人に共通する天才の所以なのかも知れません。
「東風吹かば匂いおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」学問の神様とされる菅原道真が、都から大宰府へ左遷された時に詠んだ歌としてあまりにも有名です。また、この歌にある「梅の木」がその主・道真を慕って、一夜で都から大宰府へ飛んで行ったという「飛び梅伝説」も語り継がれています。この様な遠く遥かな平安時代の浪漫に思いを馳せ、上手に気分転換を図るのも大事なことです。神様は、越えられない試練など人には与えませんし、努力した人の願いは、きっと叶えてくださいます。自分を信じて、頑張れ!受験生。桜咲き輝く春を一緒に迎えましょう。

 平成26年1月 新春陽光~先んじて前へ~

日本の素晴らしさの一つに、四季折々の自然があります。雪に埋もれた白い山は、今深く眠っていますが、如月の頃には微かな梅の香りが鼻孔をくすぐり、卯月の頃には満開の桜の花吹雪に彩られ、そして山は目覚めるのです。新緑の山々は瑞々しく
滴り、秋には紅葉の衣をまとい山は装います。
このように季節が変わる様を「季節のうつろい」と表現します。決して変わり行くことを否定するものではなく、惜しみつつも時の流れには逆らえない複雑な思いなど深い感情がこの言葉には込められています。
年齢を経るにつれて、月日の経つのが加速度的に早く感じられます。一説には、体内時計の狂いが原因ともいわれます。そのせいではないでしょうが、姶良市のかじ取りを任されて四年、まさに光陰矢のごとく過ぎた感があります。
さて、「一年の計は元旦にあり」と申しますが、この言葉は、中国の「月令広義」の一節が語源となり、毛利元就が用いたとして有名であります。一般的に言われる「計画を立てる」の意味合いより、何事にも後れを取っては生き延びることができないとした、戦国武将の厳しさを表した言葉でもあります。
新春の陽光に杯を重ねて、うつらうつらまどろむのも正月の風情なのでしょうが、私は四月に「陣」を張らねばなりません。元就の教えを肝に銘じ、新たな歩を確実に進めたいと思います。

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